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神戸地方裁判所 昭和34年(行)19号 判決

原告 藤原寿夫

被告 兵庫県知事・国 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告と被告兵庫県知事との間において、同被告が別紙目録記載(一)、(二)の農地につき昭和二二年一二月二日自作農創設特別措置法三条の規定によりなした買収の無効であることを確認する。被告国は原告に対し右(一)の農地につき昭和二五年二月四日神戸地方法務局社支局受付第七四八号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。被告藤原理夫は原告に対し、右(一)の農地につき昭和二五年二月四日神戸地方法務局社支局受付第七六七号所有権取得登記の、右(二)の農地につき昭和二五年一月一四日同支局受付第一三九号所有権取得登記の、各抹消登記手続をせよ。原告と被告等の間において、右(一)、(二)の農地につき原告が所有権を有することを確認する。被告藤原理夫は原告に対し右(一)、(二)の農地を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに右第五、第六項につき仮執行の宣言を求め、

請求の原因として

一、別紙目録記載(一)、(二)の農地(以下本件農地と略称)は、原告が先代亡儀助から相続によりその所有権を取得し、被告藤原理夫に小作させていたものであるが、昭和二二年一二月二日、自作農創設特別措置法三条の規定により政府に買収せられ、次いで同法一六条により被告藤原理夫に売渡され、右(一)の農地については昭和二五年二月四日神戸地方法務局社支局受付第七四八号により農林省のため所有権取得の登記及び同日同支局受付第七六七号により同被告のため所有権取得の登記、が各なされ、右(二)の農地については同年一月一四日同支局受付第一三九号により同被告のため所有権取得の登記がなされた。

二、然しながら右買収は次のとおり明白かつ重大な瑕疵があるから無効である。即ち

(1)  原告は、その住所のある下東条村(現在は菅田町)内の所有小作地中買収を免れるべき農地としてあらかじめ本件農地のほか菅田町字吉盛六四番地の田一反一畝七歩、同町平松二〇四番地の田一反三畝一四歩、同町字大切一一六番地の田一反六畝四歩の各小作農地五筆合計五反七畝余りを指定し、これを原告において保有する旨口頭或は書面をもつて下東条村役場の農地委員に届出ておいたにかかわらず、他の所有小作地は全部買収されたうえ、被告藤原理夫が当時農地委員であつた関係上法定の買収除外地である本件農地も買収されたものである。

(2)  更に原告は本件農地につき買収令書の交付もうけていない。

三、従つて被告藤原理夫に対する売渡しもまた当然に無効であり、本件農地の所有権は依然として原告に帰属している。

四、よつて原告は本件農地の所有権者として本訴請求に及んだ。とのべ

被告等の主張第一項に対し、

菅田町字吉盛六五番地の農地は、原告が藤原常次から昭和一九年前に返還をうけており、買収当時は小作地ではない。

同第二項に対し、

本件農地の買収の当時藤原せつが原告の法定代理人であつたことは認めるがその余の事実は争う、右せつは本件農地が買収されたことを昭和三二年ころまで全然知らなかつたものである。

被告藤原理夫の時効取得の主張に対し、

同被告が占有の始め善意無過失であつたとの点は争う。仮りに善意無過失であつたとしても原告は昭和三二年ころから被告に対し本件農地の返還を請求しているから、その占有が一〇年間平穏公然であるということはできない。

と各のべた。

被告藤原理夫及び被告兵庫県知事、同国各指定代理人は主文同旨の判決を求め、

請求原因に対する答弁として、

請求原因第一項の事実は認める。第二項の事実中原告が下東条村(現在は菅田町)に住所のあること、本件農地の買収令書が事実上原告に交付されていないこと、は認めるが、原告があらかじめ農地委員に対し本件農地を含む五筆の農地を保有したい旨口頭で届出たことは知らない。その余の事実は否認する。とのべ、

主張として、

一、本件農地の買収には法定保有小作地侵害による無効原因はない。即ち下東条村農地委員会は、昭和二〇年一一月二三日現在における事実に基き、原告の同村内所有小作地中、原告主張の保有小作地五筆のうち本件農地を除く三筆、及び原告が昭和二二年一二月二日までの間に小作人藤原常次から返還をうけ自作していた菅田町字吉盛六五番地の田一反八畝二一歩の合計五反九畝一六歩を、原告の法定保有小作地として買収から除外し、本件農地を含む爾余の小作地を自作農創設特別措置法三条一項二号の規定により買収したものであり、仮に原告主張の如くあらかじめ保有希望の小作地を指定して農地委員会に届出があつたとしても、農地所有者が任意に買収すべき土地を指定する権限を有するものではない。

二、本件農地の買収には買収令書を交付しないことによる無効原因はない。即ち本件農地の買収令書は被告知事において買収期日の直後下東条村農地委員会に送付して原告に交付するよう依頼し、同委員会の補助員井上竹次において再三原告方にこれを持参し、原告法定代理人藤原せつにこれが買収令書であることを明らかにしその内容を示し、受領するよう説得したが、同人の拒否によつて交付できなかつたものである。このように原告法定代理人において本件買収処分が原告に対しなされたことを十分に了知してその受領を拒否した場合には、本件買収令書はこれを原告に交付したと同様の効果を有し買収は有効であると解すべきである。とのべ、

被告藤原理夫は仮定主張として、

仮に本件農地の買収・売渡が無効であるとしても、被告は昭和二三年一〇月中に、昭和二二年一二月二日を売渡期日とする本件農地の売渡通知を受領し、かつ対価の支払も了している。従つて被告は本件農地が適法有効に被告の所有に帰したものと確信し、平穏公然その耕作占有を続け今日に至つたもので、右所有の意思をもつての占有の始め善意であり、かつ過失がなかつたのであるから、売渡通知書受領の昭和二三年一〇月末より本訴提起の日までに既に一〇年間を経過し、時効によつて本件農地の所有権を取得している。とのべた。

(証拠省略)

理由

別紙目録記載(一)・(二)の農地(以下単に本件農地と略称)は原告が相続により、その所有権を取得し、被告藤原理夫に小作さしていたものであること、右農地につき原告主張のとおり買収・売渡がなされ、主張のとおりの各登記がなされていること、はいずれも当事者間に争がない。

そこで先ず本件農地は法定保有小作地であるからこれの買収は無効である旨の原告主張につき判断する。

原告が本件農地所在の小野市菅田町(買収当時は兵庫県加東郡下東条村)内に住所を有することは当事者間に争がないから本件農地の買収は自作農創設特別措置法三条一項二号の規定によるものであり、原告の法定小作地保有面積は六反であるところ、同町字吉盛六四番地の田一反一畝七歩、同町平松二〇四番地の田一反三畝一四歩、同町字大切一一六番地の田一反六畝四歩が原告の保有小作地として買収から除外されていることは当事者間に争がなく、更に証人藤原武の証言により真正に成立したものと認める乙ろ一号証及び証人依藤源太郎、同藤原武、同藤原集治の各証言並びに被告藤原理夫本人尋問の結果を綜合すると、本件農地の買収は昭和二〇年一一月二三日現在の事実にもとづき買収計画が立てられたものであつて、原告所有の同町字吉盛六五番地の田一反八畝二一歩は右基準日には訴外藤原常次が小作していたことが認められる。証人藤原集治の証言により真正に成立したものと認め得る甲六号証には右認定に反する記載があるけれども、同証言から右書証は藤原常次が原告の依頼により事実を曲げて作成したものであることが認められるから前認定を左右するに足らないし、証人藤原せつの証言中前認定に反する部分は信用できず、他に前認定に反する証拠はない。

そうだとすると弁論の全趣旨から右字吉盛六五番地の田も原告保有小作地として買収から除外されたことが認められるから、原告保有小作地として買収から除外された農地面積の合計は五反九畝一六歩で、前示法定小作地保有面積との差はわずかに一四歩にすぎず、右の程度では本件買収による右法定保有面積侵害の違法はないものというべきである。

そして被告藤原理夫が右買収の当時農地委員であつたこと及び同被告に対する顧慮から本件農地の買収が不当になされたものであることはこれを認むべき何等の証拠ないから、仮に原告から本件農地を外三筆と共に原告の保有小作地とする旨農地委員に届出がなされていたとしても、原告が買収除外地を決定する権限を有するものではなく、原告の希望を要れず本件農地の買収がなされたの一事をもつて右買収が違法であるということもできない。

従つて原告主張の前叙無効原因は存しないものというべきである。

よつて次に本件農地の買収には買収令書不交付の無効原因がある旨の原告主張につき検討する。

本件農地の買収令書が事実上原告に交付されていないことは当事者間に争のないところであるが証人井上竹次、同依藤源太郎の各証言を綜合すると、本件農地の買収令書は昭和二二年末ごろ下東条村農地委員会の補助員井上竹次において、再三これを原告方に持参のうえ、当時の原告法定代理人藤原せつに対し、それが買収令書であることを説明し、その内容を示して、受領方を説得したが、同人がその内容を了知しながら、あくまで受領を拒否したため、交付することができなかつたものであることが認められ、証人藤原せつの証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定に反する証拠はない。右認定の事情の下では本件買収令書が原告に交付されたと同様の効果を有するものと解すべきであるから、右令書が事実上交付されなかつた故をもつて、本件農地の買収が違法無効であるということはできない。

そうだとすると、原告が本件農地の買収の無効原因として主張するところはいずれも理由がないから、被告兵庫県知事に対し右買収無効の確認を求める請求は失当であり、爾余の各請求はいずれも右買収の無効を前提とするものであるから、同じく失当として棄却さるべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田常雄 村田晃 礒辺衛)

(別紙目録省略)

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